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相模原の事件について考えたこと もう一つ

殺傷事件の犯人は、やはりナチスドイツの影響を受けていたのですね。

Eテレで昨年「障害者と戦争」という番組を放送しました。

むごい番組でした。
私は耐えられずに途中でテレビを消してしまいました。

あの番組を見たのかもしれません。

世間ではあまり知られていない戦争中の出来事ですが、
知られていないことにはそれなりに意味があるとも思います。

たくさんの人に知らしめてしまうと、
悪いことへ同調する、それを正義とも叫ぶ人間が必ず出てくるからです。

NHK総合ではなくEテレでの放送というのは、福祉に関わる人、
学校関係者、ボランティアに関わる方等がみることを想定した
放送だったのかもしれません。
実際犯人は福祉関係者でした。
ではなぜそのような「悪」の部分の占める割合の多い人間を
福祉の仕事に採用してしまったのか、ということにつながると思います。
ここの見極めは重要ではないでしょうか。

善と悪。誰の心にもあるもの。

ナチスに話を戻すと、全員が悪を唱えればそれが正義となってしまう理不尽なことが
過去にも未来にも、この世界には起こり得る。

当時のドイツでも誰もそれが間違っていることだと言えませんでした。

途中で見ることをやめた「障害者と戦争」。
もう一度意を決してテレビをつけたときです。
あるカトリック司教が「これは間違っている」
とただ一人、教会の説教で障害者の殺害を非難した、という場面でした。
番組では、司教はとても強い口調と意志を持って説教をした、
と言っていた記憶があります。

その時、私は強く感動しました。
涙があふれました。

この司教のおかげで何万の人たちが救われたのです。

口に出してはいけない、絶対にしてはいけないことが世の中にはあること。
それをはっきりと唱えてくれた。

多くの人が集まってともに暮らしていく社会。
その社会を本来あるべき正しい姿へ先導し、
ゆるぎない心で道を示すことの大切さ。
それはいつの時代でも不変のものだと思います。





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by keikototyuyo | 2016-07-30 23:19 | 福祉・教育・社会 | Comments(2)

相模原の事件から考えたこと

相模原の事件が酷い。
わけもわからず傷つけられ、痛みにと恐怖に苦しみながら
わけもわからず亡くなっていった19人もの方々・・・

痛かったでしょう。怖かったでしょう。

どうか今は苦しみから解き放たれて、
楽しかった小さき頃、誰かに抱かれていたように
やすらかな世界で安心して眠りについてほしい。

抵抗できない、抗議もできない者へ
理不尽な鬼が襲いかかる。

大人を信じて、大人に従って生きていた弱き人たち。
抵抗することすらできない人たちなのに。


ナチスドイツ時代に
障害者の大量殺人が行われたことを
知っていますか?

障害があったり、病気で働けないなど、生産性のない人間は殺してよい、
という政府からの命令で
ある日家から、その人は、その子は連れていかれてしまうのです。
家族は嘆きつつもどうすることもできませんでした。

服を脱がされガス室に入れられ、
抵抗も抗議もするすべを知らずに・・・

自分の愛する子供が、ある日
連れていかれてしまったら。

想像してください。

時代も国も違うけれど

同じ人間のすることなのです。

人間の心には誰しも悪と善がせめぎあっています。
精神的に不安定な人、心に善と良心を持たないサイコパスといわれる人もいます。

でもそういう病的なものを持たない普通の人達は、心が悪いほうへ引き寄せられないように、
弱き者、小さき者、年老いた者、けがをした者を痛めつけることが
どんなに自分中心で卑怯で、人としての品格を下げているか
想像してほしいのです。

相手の痛みがわかる心を、小さいころから弱者と触れ合って育んでほしい。


障害のある人と暮らすのは、それはそれは大変です。

でもそれがなんだと。

理不尽に、痛い、恐怖の思いを強いられる苦しさに比べたら。

日本がもっともっと障害者に対する尊厳を、人権を、
当たり前のこととして社会の中に位置づけられる成熟した社会になり、
たとえどんな戦争や大災害が起こっても、
ナチスドイツのような残酷な政治が始まらないよう、
心していかなければと思います。

あなたの命も彼の命もみんな同じ重さ。
ツヨの命もお友達の命もみんな同じ重さ。
そしてみんな私たちを頼っている。
私たちも彼らから大切なものをもらっている。

大切なものは

「こころ」

です。



☆☆☆


思ったままに書いてしまいました。
お付き合いいただき恐縮です。






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by keikototyuyo | 2016-07-27 01:57 | 福祉・教育・社会 | Comments(12)

髪切り・爪切り・ひげそり・耳掃除!

週末は、ツヨのまた伸びた髪を切って、
爪を切って、耳かきをして、
そしてうっすら生えてくるおひげを剃りました。

すっきり。

爪は自分で切れますが、手汗をじっとりかきながら
緊張してしまうときがあり、
すごく時間がかかるうえに、
最近先をとがらせて△に切るという困ったこだわりが出てきたので、
そんな時は寝ている間に私がパチンパチンとしてしまいます。

ちょっと調子がいいなぁなんて思うと
なかなか頑固なこだわりが始まることがあります。

この△爪はあたるととっても痛いので
何とかせねば。
なんでこうなるかなぁ・・・
訂正しようとすると
「ひいぃぃぃ・・・」
と△を貫こうとします。

ダメです。ギブアップ。寝ている間に切って、△を忘れるのを待とう。

おひげはこれも怖いのでしょう。
イライラしながら揺れるので
「じっとしてね~」
となだめながら
まだ薄いのでレディースのカミソリでささっと。


いつか電動カミソリで自分でやるのかしら。

・・・できるのか?

うーん・・・

耳かきは怖いけれど大好きなので、窓辺で立ったままやります。
じっとしています。
先にライトがついているプラスティックタイプのもので
そーっと取ります。プラスティックは弱くしないと結構痛いので。

そのあと竹製の耳かきでちょこちょこっとやって、
最後に竹についている白い綿でくるくるっと仕上げるのがこだわりです。

そんなこだわりならいくらでも。





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by keikototyuyo | 2016-07-13 00:47 | 家での教育・しつけ・身辺自立 | Comments(2)

七夕の星空に願うこと

最近ツヨは少し不安定で、夜中に起きてしまったり
学校で30分大泣きしたり
児童デイから帰ってくると私を叩く真似をしたりします。

朝、スクールバス乗り場まで
一人でずんずん歩くときもあるのに、
最近はそっと手をつないできます。
しばらくつないで、もう年頃なこともあって安全なところで私から離しても
またそっとつないでくる。

不安なのかなぁ。
何が不安かは分かってあげられないけれど、
そんなときは手をつないで前後に揺らしながら、
誰もいないときには私が歌を歌って楽しげに歩くようにしています。

ツヨの頭のなかにはいろいろな情報が満杯で、
それを処理するのに私たちよりうんと苦労しているのでしょう。

もしかしたら歩く道や、道行く車の流れや風の音に
ツヨはまったく別の感じ方をしているのかもしれません。

自閉症の感覚は、視覚、聴覚、触覚、味覚、そして感じ方について
通常とは異なると本で読みました。

感じ方も違うのか。

もしかしたらテレビなんて全然違って見えているのかもしれないし、
風の音でおびえることはよくあるし、
結構な怪我をしていても何も痛がらないときもある。
建物の空気感なども感じていて、この部屋はあまり入らないなどもあります。

いろいろ苦労しているのだろうな。

私が歌ったり、ツヨの好きな歌がテレビから流れると、
すごくあどけないしぐさで、でも男の子なのでダイナミックに
左右に大きくからだを揺らしてリズムを取り始めます。
そんな時は心からホッとします。

その瞬間は間違いなく心地よい気分を感じてくれているから。

明日もあさっても、そんな瞬間がツヨの人生を占めてくれますように。

7日は七夕でしたね。

すべての子ども達の幸せを願わずにはいられません。





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by keikototyuyo | 2016-07-08 00:47 | 福祉・教育・社会 | Comments(7)

また電車に乗れるようになった日

去年の今頃に比べると、強迫的なこだわりの種類が徐々に減り、
今のところはだいぶ生活しやすくなってきています。

「繰り返すことをやめられない」
という強いこだわり。

外出しても数メートル進んでは
『戻ってやり直したい』
と道端でひーひー言っていました。

物や人(自分のからだも含め)の場所へのこだわりも強く
定位置にそれを戻すことに必死でした。
先日の髪を切る記事の
「バリカンを箱に戻すことで頭がいっぱいになってしまう」
など。

学校では先生が
「もう戻らない」
「こだわりそうな物は教室におかない」
「トイレはこの時間のこのトイレだけ」
「最初に写真で歩く経路を伝える」

等、一貫して対応してくれたので、
時にギャーとなったこともあったかと思いますが、
フェードアウトできたのかもしれません。
本人もこだわりが楽しいわけでなく苦しそうだったので
きちんとした対応が必須でした。

楽しんでいるなら「こだわり」。
苦しみながらするなら「強迫行動」。
と本で読みました。

家ではトイレの繰り返しだけは残っています。

そんなこんなの一貫した対応をしているうちに
生活に支障をきたすだわりは和らぎ、
ついには先日また電車に乗れるようになりました。
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電車のドアを出たり入ったり
ホームのベンチに何回も戻ったりしていた危険なこだわりはなくなっていました。

そろそろ自立登校に向けて練習も始めてもいいかもしれません。
自立といってもツヨの場合、私かヘルパーさん(通学通所支援)同行。
落ち着いていればの話ですが、18歳まで毎日スクールバスに乗るというのも
自立に向けてどうなのかと。
電車通学が楽しめるなら、生活の幅を持たせるために
週何日かの自立登校を視野に入れようかと思います。

電車、おりこうに乗れるかな?
道も歩けるかな?

問題は薬を減らすかどうかということ・・・
これは慎重にしないと、元の木阿弥。






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by keikototyuyo | 2016-07-01 01:40 | 外出・余暇 | Comments(4)