カテゴリ:福祉・教育・社会( 23 )

障害者に対する社会の心理

12/7のハートネットTV(Eテレ)をご覧になったでしょうか。

~シリーズ相模原障害者施設殺傷事件
「言葉はなくとも」重度知的障害のある人たち~


序盤は、秦野にある施設での、行動障害に対する対応や園での生活の様子。
幼児から18歳までの子どもさんたち。
こどもの達の様子は本当に見るのがつらかったです。
気持ちを分かってもらえなくて自傷・他害をするしかない子たち・・・
なんとかコミュニケーションの手段を獲得できないものだろうか。
その重要性を改めて強く感じました。


中盤は、最重度知的障害があり、かつて若い時は自傷や激しい行動がひどく、
非常に苦労をされた親御さんのお話。
ご本人は今51歳で、70代の親御さんと一緒に住んでいます。
あの頃が嘘のよう、と穏やかな目をされて51歳の息子さんを愛おしそうに見る
お年を召されたご両親に、
いつか必ず出口はあるんだなぁと、考えさせられました。
その様子はまったく不幸そうではなく、本当に幸せそうに穏やかに過ごしていらして、
お子さんが生きがいにすら見えていました。


最後は、身体と知的と両方に重い障害がある、48歳の意思疎通の難しい方のこと。
親御さんはすでに亡くなられ、家を借りて24時間ヘルパーさんと暮らしています。
何を言いたいのか、何を幸せと思っているのか、
介助者が知りたい、と思うことこそが大切
というお話で、最終的に100%分かることは無理としても、
決めつけないで「尋ねていく」ことの大切さ。
選択肢をたくさんの介助者で考えて、どれが一番幸せそうにするか
何十年も観察をしたファイルがぎっしりとたまっていました。

ここからは私の感想です。
そしてたぶん番組の言いたかったことは
そこに携わる方々のスタンスの尊さ。

人の心理を大きく二つに分けるとします。

一つは、こちら側から自分と違う人たちを眺め、
違うことに違和感を抱き、恐れ、排除しようとさえする心理。

もう一つは、自分達と違っても、どんな思いでいるのか想像して歩み寄り、
少しでも分かったときの言いようのない喜びを享受できる心の持ち方。

介助や特別支援教育に関わるお仕事を選ぶ方で想像してみると、
それがそういうお仕事の醍醐味なのではないでしょうか。
行動障害に対応する職員さんは、まさにその醍醐味の「味を知ってしまった。」
と笑っていらっしゃいました。
私もツヨが本当に幸せそうに笑うと、やった!と嬉しくなります。

二つに分けた心理。
前者が相模原殺傷事件の犯人やそれに共感する人の心理なのかもしれません。
そして後者が成熟した社会の在り方。

日本はまだ後者にはなれていないけれど、少しずつ変わっていくことはできる。
変わろうとしている人たちがいる。
そういうことを番組は言いたかったのではないかと感じました。


にほんブログ村 子育てブログ 自閉症児育児へ

いつも温かい応援ありがとう

にほんブログ村 子育てブログへ

禁複写

by keikototyuyo | 2016-12-11 23:51 | 福祉・教育・社会 | Comments(3)

日常生活能力と年金等級の関係 3

この話が完結していませんでしたね。
ごめんなさい。
ここまでの話は以下です。



さて一言でいうと、20歳の時点での必要な援助を、
かかりつけ医や親(または本人)が話し合い、
本人の能力について、どれだけ客観的にとらえることができるか。
過不足なく。
まずそれが一番大切なこと。

次に大切なことはどこまであきらめなかったかということ。

できるだけ自立させたい、自分のことは自分でできるようにさせたい
とがんばって
積み重ねた結果は親や本人の心がけ次第でずいぶんと変わると思います。
例えば全く同じ障害で同じ程度であっても
どう育てるか、どう伸ばすか、どこに手をかけるかによって
育ち方に違いが出るはずですよね。

こういう大人になったら本人も周りも生きやすいだろうな
ということを教えるのか、
それとも甘やかしてなんでもやってあげてしまうのか。
(無理はさせたらだめです。それは論外。)

前者のほうができることが増え、結果的に年金の等級が低く見積もられ、
後者の甘やかして育てたほうが等級が高くなり、
たくさんお金をもらえる可能性もあります。

がんばってできるようなったけれど
そのせいで年金が少なくなる?
損した?

いいえ。頑張り損ではないと思うのです。

大切なことは、本人が生きやすくなること。

私はできることはやって、少しでも自由な人生を送れるほうを選びます。


いうことが言いたくて
この記事を書き始めたのでした。

自閉症の息子は発達に凸凹があるので
凸の部分を生かしてあげられるといいなと思っています。


にほんブログ村 子育てブログ 自閉症児育児へ

いつも温かい応援ありがとう

にほんブログ村 子育てブログへ

禁複写

by keikototyuyo | 2016-10-26 16:23 | 福祉・教育・社会 | Comments(2)

流しそうめんならぬ、魅惑の「流し〇〇〇」

夏休みの児童デイのイベントでの様子報告がきました。

その日はお庭で流しそうめんパーティ。
デイのスタッフさんがその日のために
山で切った竹で手作りで流しそうめんの装置(?)
を作ってくれたそう。

朝、子供たちがデイに到着して本格的に準備が始まったそうで、
ツヨはたくさんお手伝いをして
「とても助かりました」
と報告にありました。

以前、別のデイで流しそうめんを体験していたので
『あれか!』
と思ったのでしょうね。
やる気まんまんで準備し、
いよいよそうめんが流されると
みんなと一緒に竹の前に並んで上手にそうめんをすくって食べたそうです。
必死にすくったでしょうね。
なんたるほほえましさ・・・

そして「おかずで天ぷらが出ると目を輝かせて堪能していました。」と
書いてありました。あっ、天ぷらは流しませんよ!(当たり前)

そして最後に
「おやつも流したら、みんな大喜びでした。」
と。どうやら小袋のお菓子を竹に流したようで、
『ややや!流れてくるのは そうめんだけではないのか!』
と思ったか思わなかったか。
ふふふ
みんなおはしでキャッチしてタオルで袋をふいて
大喜びで食べたそうです。

イベント以外の日はデイのお庭の大きなビニールプールを堪能し、
真っ黒に日焼けしたツヨ。
遊び心のある児童デイに巡り合い、夏を満喫できたようです。

にほんブログ村 子育てブログ 自閉症児育児へ
いつも温かい応援ありがとう

にほんブログ村 子育てブログへ

禁複写


by keikototyuyo | 2016-09-17 23:58 | 福祉・教育・社会 | Comments(2)

日常生活能力と年金等級の関係 2

障害者年金の等級と障害者手帳の等級が別のものということは
皆さんご存知のことと思います。

ツヨの場合は障害者手帳がA1の最重度ですが、
年金の等級が1級になるとは限りません。

申請には医師の診断書が必要になります。
我が家はずっとツヨの生育を診てもらっている現在のかかりつけの先生に
お願いすることになる予定です。

そこで問題になるのが、
20歳の申請時に「日常生活能力」の程度がどのようになっているか。

身辺自立がどこまでできているか。
この「できる」というのが自発的にできるのか、
援助があればできるのか、常に援助が必要なのかどうか。

ツヨが一人でお風呂に入れるようにならないかという記事を先日書きました。

できる部分はたくさんあるのです。
シャワーの扱いや、手順、体を拭いてパジャマに着替えるまで。

でも、毎日毎日、声掛けで洗う場所を言ったり身振りで教えたりするのですが、
どうしてもきちんと洗うことはできません。
それが先日記事のタイトルにした
「できるようになること できないこと」
なのだと感じました。

そもそも洗うという行為が
「毎日こうするものだから」というこだわりでしているだけで、
「体を清潔にするため」ということが理解できないのです。

だってツヨの知能指数は20もないのですから。
ここが限界か。
と思いました。

お風呂のドアの前で、毎日毎日365日、
かた。むね。おでこ。などど身振りをしながらツヨに声掛けをする。
それが「常に援助を必要とする」ことなのだと理解しました。

ちなみに判定には、できるできないだけでなく、
ツヨのようにこだわりから結局不適切な行動に行為が流れていってしまう
場合も認定の要素として考慮されるそうです。
例えば、一度できたはずの排泄の動作が、こだわりによって
トイレットペーパー遊びや水流しの行為が、
ある時始まってしまうなど。
軽度の方の場合だと、能力的にはできるのに、
「お風呂ではからだは洗わないでお湯につかるだけ。」
など決め込んで清潔を保てなくなると、
援助が必要、と考慮されるのではということです。

何かが始まってしまうこと。
この先のツヨの人生にはなんだかたくさんありそうな嫌な予感しかありません・・・

つづく・・・

f0025201_16440596.jpg
にほんブログ村 子育てブログ 自閉症児育児へ
いつも温かい応援ありがとう

にほんブログ村 子育てブログへ

禁複写


by keikototyuyo | 2016-08-24 23:54 | 福祉・教育・社会 | Comments(0)

日常生活能力と年金等級の関係

ツヨは13歳。
発達クリニックには小学校に上がる前から通っています。
療育について積極的な指導を受けるものではなく、
ツヨの経過の適切な観察・助言と、投薬をお願いしています。

今回の発達クリニックの診察では、今、どれだけ自分のことができるか
質問されました。
洗面・歯磨き・食事・トイレ・入浴・着替え・・・
お金の管理・・・
他害・自傷について・・・

今までこういう風に項目的に確認されたことがあったかな、
と思っていたら、すぐその疑問は解消されました。

将来、障害者年金を申請するときに
「日常生活能力」の程度というものが年金の等級の決定に
大きく関わってくるからでした。

つまり生活を送るためにどれだけの人の手を借りないと生活ができないか。

年金については知識不足なのできちんとしたことは書けませんが、
「常に介助が必要」なら1級、「介助が必要」なら2級という認識です。

つづく…

f0025201_18370047.jpg
台風がいき
荒ぶる雲を静かになだめる
澄んだ夕焼け


にほんブログ村 子育てブログ 自閉症児育児へ
いつも温かい応援ありがとう

にほんブログ村 子育てブログへ



                                     禁複写


by keikototyuyo | 2016-08-22 16:46 | 福祉・教育・社会 | Comments(2)

相模原の事件について考えたこと もう一つ

殺傷事件の犯人は、やはりナチスドイツの影響を受けていたのですね。

Eテレで昨年「障害者と戦争」という番組を放送しました。

むごい番組でした。
私は耐えられずに途中でテレビを消してしまいました。

あの番組を見たのかもしれません。

世間ではあまり知られていない戦争中の出来事ですが、
知られていないことにはそれなりに意味があるとも思います。

たくさんの人に知らしめてしまうと、
悪いことへ同調する、それを正義とも叫ぶ人間が必ず出てくるからです。

NHK総合ではなくEテレでの放送というのは、福祉に関わる人、
学校関係者、ボランティアに関わる方等がみることを想定した
放送だったのかもしれません。
実際犯人は福祉関係者でした。
ではなぜそのような「悪」の部分の占める割合の多い人間を
福祉の仕事に採用してしまったのか、ということにつながると思います。
ここの見極めは重要ではないでしょうか。

善と悪。誰の心にもあるもの。

ナチスに話を戻すと、全員が悪を唱えればそれが正義となってしまう理不尽なことが
過去にも未来にも、この世界には起こり得る。

当時のドイツでも誰もそれが間違っていることだと言えませんでした。

途中で見ることをやめた「障害者と戦争」。
もう一度意を決してテレビをつけたときです。
あるカトリック司教が「これは間違っている」
とただ一人、教会の説教で障害者の殺害を非難した、という場面でした。
番組では、司教はとても強い口調と意志を持って説教をした、
と言っていた記憶があります。

その時、私は強く感動しました。
涙があふれました。

この司教のおかげで何万の人たちが救われたのです。

口に出してはいけない、絶対にしてはいけないことが世の中にはあること。
それをはっきりと唱えてくれた。

多くの人が集まってともに暮らしていく社会。
その社会を本来あるべき正しい姿へ先導し、
ゆるぎない心で道を示すことの大切さ。
それはいつの時代でも不変のものだと思います。





にほんブログ村 子育てブログ 自閉症児育児へ
いつも温かい応援ありがとう

にほんブログ村 子育てブログへ



                                     禁複写
by keikototyuyo | 2016-07-30 23:19 | 福祉・教育・社会 | Comments(2)

相模原の事件から考えたこと

相模原の事件が酷い。
わけもわからず傷つけられ、痛みにと恐怖に苦しみながら
わけもわからず亡くなっていった19人もの方々・・・

痛かったでしょう。怖かったでしょう。

どうか今は苦しみから解き放たれて、
楽しかった小さき頃、誰かに抱かれていたように
やすらかな世界で安心して眠りについてほしい。

抵抗できない、抗議もできない者へ
理不尽な鬼が襲いかかる。

大人を信じて、大人に従って生きていた弱き人たち。
抵抗することすらできない人たちなのに。


ナチスドイツ時代に
障害者の大量殺人が行われたことを
知っていますか?

障害があったり、病気で働けないなど、生産性のない人間は殺してよい、
という政府からの命令で
ある日家から、その人は、その子は連れていかれてしまうのです。
家族は嘆きつつもどうすることもできませんでした。

服を脱がされガス室に入れられ、
抵抗も抗議もするすべを知らずに・・・

自分の愛する子供が、ある日
連れていかれてしまったら。

想像してください。

時代も国も違うけれど

同じ人間のすることなのです。

人間の心には誰しも悪と善がせめぎあっています。
精神的に不安定な人、心に善と良心を持たないサイコパスといわれる人もいます。

でもそういう病的なものを持たない普通の人達は、心が悪いほうへ引き寄せられないように、
弱き者、小さき者、年老いた者、けがをした者を痛めつけることが
どんなに自分中心で卑怯で、人としての品格を下げているか
想像してほしいのです。

相手の痛みがわかる心を、小さいころから弱者と触れ合って育んでほしい。


障害のある人と暮らすのは、それはそれは大変です。

でもそれがなんだと。

理不尽に、痛い、恐怖の思いを強いられる苦しさに比べたら。

日本がもっともっと障害者に対する尊厳を、人権を、
当たり前のこととして社会の中に位置づけられる成熟した社会になり、
たとえどんな戦争や大災害が起こっても、
ナチスドイツのような残酷な政治が始まらないよう、
心していかなければと思います。

あなたの命も彼の命もみんな同じ重さ。
ツヨの命もお友達の命もみんな同じ重さ。
そしてみんな私たちを頼っている。
私たちも彼らから大切なものをもらっている。

大切なものは

「こころ」

です。



☆☆☆


思ったままに書いてしまいました。
お付き合いいただき恐縮です。






にほんブログ村 子育てブログ 自閉症児育児へ
いつも温かい応援ありがとう

にほんブログ村 子育てブログへ



                                     禁複写
by keikototyuyo | 2016-07-27 01:57 | 福祉・教育・社会 | Comments(12)

七夕の星空に願うこと

最近ツヨは少し不安定で、夜中に起きてしまったり
学校で30分大泣きしたり
児童デイから帰ってくると私を叩く真似をしたりします。

朝、スクールバス乗り場まで
一人でずんずん歩くときもあるのに、
最近はそっと手をつないできます。
しばらくつないで、もう年頃なこともあって安全なところで私から離しても
またそっとつないでくる。

不安なのかなぁ。
何が不安かは分かってあげられないけれど、
そんなときは手をつないで前後に揺らしながら、
誰もいないときには私が歌を歌って楽しげに歩くようにしています。

ツヨの頭のなかにはいろいろな情報が満杯で、
それを処理するのに私たちよりうんと苦労しているのでしょう。

もしかしたら歩く道や、道行く車の流れや風の音に
ツヨはまったく別の感じ方をしているのかもしれません。

自閉症の感覚は、視覚、聴覚、触覚、味覚、そして感じ方について
通常とは異なると本で読みました。

感じ方も違うのか。

もしかしたらテレビなんて全然違って見えているのかもしれないし、
風の音でおびえることはよくあるし、
結構な怪我をしていても何も痛がらないときもある。
建物の空気感なども感じていて、この部屋はあまり入らないなどもあります。

いろいろ苦労しているのだろうな。

私が歌ったり、ツヨの好きな歌がテレビから流れると、
すごくあどけないしぐさで、でも男の子なのでダイナミックに
左右に大きくからだを揺らしてリズムを取り始めます。
そんな時は心からホッとします。

その瞬間は間違いなく心地よい気分を感じてくれているから。

明日もあさっても、そんな瞬間がツヨの人生を占めてくれますように。

7日は七夕でしたね。

すべての子ども達の幸せを願わずにはいられません。





にほんブログ村 子育てブログ 自閉症児育児へ
いつも温かい応援ありがとう

にほんブログ村 子育てブログへ
by keikototyuyo | 2016-07-08 00:47 | 福祉・教育・社会 | Comments(7)

障害児の親が災害に備える

Eテレの地震の特集で、避難所で過ごす私より少し上の年代の
お母さんと知的障害の成人した娘さんの様子が取り上げられていました。

発達年齢が2歳3か月とか。
自閉症ではないので比較的静かに過ごすことはできているようでしたが・・・
人の食べ物や飲み物を勝手にもってきてしまうなど
いろいろなことが大変なのが想像できます・・・

おにぎりの配給をもらうのに何時間も並ぶ必要があり、
娘さんを一人おいておけずもらえなかったと。

もしツヨを避難所で過ごさせるとしたら・・・

・・・

ダメです。ダメダメ・・・

・・・家が倒壊したらお世話になるしかありませんが。

こうなると、できることは備えることしかない。
人に頼る前にまず自助努力、頑張ろう。

保存期限の来た非常食をチェックして新しく買い足す。
尾西のドライタイプで水を入れれば食べられる白米やチャーハンと、
パンの缶詰、ビスケット、水を入れると容器ごと加熱するカレーライス、
「えいようかん」という保存できる羊羹等々。
もちろん水は箱買い。

発熱する器と水があればサトウのご飯もいける。
非常食ではないので賞味期限に注意して時々買い足しては消費するようにして。

そういう意味ではカップラーメンやペットボトルの野菜ジュース、
レトルトカレーなども多少ストックをしておいて
半月くらいは買い物をしなくても過ごせるようにしたい。

懐中電灯もつかなくなっていたので新しいものを二つ買いました。
LEDのは明るい!高くついても長持ちするし。
あと乾電池もストック要。

トイレの水が出ないときの100枚パックの簡易トイレもあります。
身体をふくウエットシートも。
ビニール袋は何かと使うので何百枚かはストックしてあります。

それからお風呂の水は夕方まで流さないで取っておく。
断水したときにあるのとないのでは大違いなので。

トイレットペーパーや生理用品、すべての生活消耗品も
普段から多めにストックしておくことが大事なんだろうな。

余計なものを増やさないで毎日の生活に必要なものを
しっかり管理していこうっと。

あ、あと手巻き式などの携帯充電器。
パソコンのはないのかな。
テレビが見られないと情報を得られないですからね・・・





にほんブログ村 子育てブログ 自閉症児育児へ
いつも応援ありがとう

にほんブログ村 子育てブログへ
by keikototyuyo | 2016-04-20 17:01 | 福祉・教育・社会 | Comments(0)

熊本地震の被災地の方々へ

被災地で辛い思いをされている方
今夜はなんとか少しでも暖かくしてお休みになれることを祈ります。
お年寄りやお子さん、女性や障害者にやさしい配慮がなされていますように。

みんなで助け合って、具合の悪くなる方が少しでも少なくなることを祈っています。
明日はせめて募金にいきたいと思います。

何もできませんが

過去のツヨポンの写真をまとめてみました。
何もおしゃべりできなくても一生懸命いきているツヨポン。

コトとタオルでギッタンバッコン
f0025201_08465.jpg


こちょこちょ。きゃっきゃ!
f0025201_085445.jpg


『ごみをすてるの』(心の声)
f0025201_09568.jpg



ママの頸椎カラーでギャングに
f0025201_091476.jpg


何を考えているのかな。ちいさな背中。
『あの空のむこうには何があるの?』
『明日はもっと楽しいことがあるの?』
f0025201_0152335.jpg


これに心を奪われて毎日サンタさんのプレゼントを買った3年生のクリスマス。
幸せそうでした。
f0025201_0274962.jpg


つらいときもいいときもありました。

思春期になりこだわりが強迫的になってきて生活ができなくなったときは
絶望感を感じました。
精神病院の閉鎖病棟に入院しました。

先が見えないというのは苦しいものです。
そんなときも最低限のやらなければいけないことをこなし、
きっとこれ以上悪くなることはないと信じて
希望を捨てませんでした。

今は退院しましたが、もう小さくてかわいくて穏やかなツヨポンにすっかり戻ることは
できません。
それでもやはり一つ一つ大切に毎日を過ごしていくしかないと思っています。

皆さまどうぞ元気を取り戻されますように。
f0025201_0302747.jpg


またいつでもこのブログに遊びにいらしてください。





にほんブログ村 子育てブログ 自閉症児育児へ
いつも応援ありがとう

にほんブログ村 子育てブログへ
by keikototyuyo | 2016-04-18 00:34 | 福祉・教育・社会 | Comments(0)